囚われのシンデレラ【完結】
西園寺さんの家柄が影響する関係なんて、本当に限られたもののはずだ。ただの知り合いに、影響も何もあるわけない。
嫌というほど頭では理解出来る。
なのに、それ以降、ホテル内で西園寺さんと鉢合わせそうになると、無意識のうちに身を隠してしまった。気付かれないように、咄嗟に立ち去ってしまう。まるでそれは、何かから身を守るための防衛本能みたいで。
怖い――。
考える前に、そう感じてしまうのだ。
どうして、私は怖いんだろう。
西園寺さんと話をするのも、顔を合わせるのも怖い。
”俺は、君のバイオリンの音、好きだよ”
そう伝えるために、わざわざコンビニまで来てくれた時のこと。
”ガンバレ”
顔を合せるたびに、二人だけの暗号みたいにその唇を読み取ったこと。
いつもはどこか鋭さを含んだ眼差しが、笑うと途端に優しげになる。それがとても特別なものに思えて。西園寺さんが笑うと、私もつられて笑ってしまった。
――その全部が、楽しかったし、嬉しかった。
自然と浮かぶ、これまでのやり取りと西園寺さんの表情が、私を余計に混乱させ心をかき乱す。
理由の分からない感情に戸惑いながら、刻々とホテルでのアルバイトが終了する日が近付いて来ていた。
だったら残りの時間をただやり過ごせばいい――。
そう思うと、胸の奥が激しく揺れて落ち着かなくなる。こんな風に自分でも掴みきれない感情に囚われるのは初めてのことで。誰かにここまで振り回されるのも初めてのことだった。
私にはその正体が分からないでいた。
そうして、ラウンジでの最後の演奏の日がやって来た。