囚われのシンデレラ【完結】
「――これから実家に行って来る」
そうあずさに告げると、その表情が一変した。
一刻も早くしなければならない。残された時間はあまりない。
平日の日中だからこそ、忍び込める。
役員以上が閲覧できる情報も、何か糸口はないかと必死になって調べているが、社内で閲覧できるデーターだけでは足りない。
まずいものほど、自分の傍に置いている可能性がある。
「手はもう大丈夫なんですか?」
「ああ。ほら、この通り。あずさの手当てのおかげだ」
そう言って手のひらをひらひらとして見せた。
「――大丈夫。ちゃんとここに帰って来るから」
「はい」
玄関先で、懸命に微笑もうとするあずさをそっと抱き寄せた。
「俺が一番大事なのはあずさだ。それは何があっても変わらない」
「私もあなたが一番大切です。西園寺さんも、それを忘れないでね」
そう言ったあずさの顔を覗き込む。
可愛いのにきりっとしたあずさの目。その意志の強そうな目が、昔から好きだった。
「じゃあ、行って来る」
その一つにまとめた髪に唇を寄せて、部屋を後にした。
ここに来たのは、あずさを連れて結婚の報告をしたとき以来だ。生まれ育った家が、今ではとてもよそよそしい。
持っている鍵で玄関のドアを開けると、廊下の先にあるリビングから複数の人間の話し声が聞こえて来た。玄関に並ぶ女性ものの靴を見る。
来客中か――。
時間帯から考えて、友人でも集めて昼食でも食べているのだろう。それなら、この家で働く家政婦もそこにつきっきりのはず。
助かった。とりあえず胸を撫で下ろす。
すぐに二階の父の書斎を目指した。
静かに扉を閉めると、デスクの上のパソコンに向き合う。
パスワードは、ロックが掛かるより早く解除することが出来た。思いついたものが、まさに正解だったのだ。運が良かったのか、これでも親子だからか。とにかく解除出来たことに感謝する。
パソコン内にあるフォルダをくまなくチェックする。
センチュリーの危機、投資の損失は約7年前。発覚したのは夏から秋頃か。
その頃、何が起きたのかが分かりうる、少しでも糸口になるものが見つかれば――。
素早くチェックしていく中に、ロックのかかっているフォルダにぶち当たった。
パスワードの入力を求められた。いくつか試してみてもロックは解除されない。
焦る自分を抑え、冷静になってもう一度振り返ってみる。
あの頃、役員の一人が主導した投資策が大損害を生み出した。その役員は西園寺家出身の人間だったこともあり、父はかなり焦っていた。その時、援助に名乗り出て来たのが漆原。見返りに縁談話が持ち上がった。でも、それを俺は頑なに突っぱねた。
本当ならそれで資金援助の話は消えるはずだったのに、俺を見込んで援助をすると言ってきた。後になって、それは公香さんが漆原会長に頼んだものだと分かったが、どちらにしてもその点にずっと違和感があった。
父も漆原も、この世界で名の通った経営者だ。そんな理由を挟んだビジネスをするだろうか。
もしも、本当は漆原がセンチュリーに資金援助などしていなかったとしたら――?
不意に過った仮定に、すっと背中に冷たいものが流れる。