囚われのシンデレラ【完結】

「好きって……」

思いもしない言葉に、混乱する。

「人間としてとか、友人としてとか、そういうんじゃない。恋愛感情だよ」
「まさか――」

そんなことを聞いて、「ああそうか」とすぐに理解できる人間がどれほどいるだろうか。目の前にいる遥人を、ただ唖然として見る。

「おまえみたいな人間は、そんなこと考えたことすらないだろう? 僕を、気持ち悪いと思うか」

身体を投げ出すように座っていた遥人がその身体を起こし、呆然とする俺の肩を掴む。

「――こうやって、おまえのことを押し倒してキスしたいって。ずっとずっとずっと。その欲を抑えつけて、友人みたいな顔をしておまえといたんだよ」

そのまま強く押されて、背中が床に触れた。きつく掴むその手が肩に食い込む。

「どんなにやり切れなくても、佳孝の一番近くにいられるならそれでいいと何年も自分に言い聞かせていた。なのに、あの子は、出会ってすぐにおまえの心を奪って。積み重ねた年月なんて一瞬にして意味がなくなり、男である僕はあっという間におまえの一番ではなくなった」
「遥人……っ」

俺よりずっと細い身体だとは思えない力に驚く。

「自分の心がどんどん醜く変わって行くのが分かったよ。でも、僕には社長から託された大切な使命があった。佳孝を立派なセンチュリーのトップにすることだ。僕が傍にいて、ずっと支えて行く。何があってもあの女とは別れさせる。僕は、おまえの父親の指示通りに動いて来た」

やはり、遥人の後ろには父がいた――。

「でも、それが僕の望みでもあった。完全に利害が一致していたんだよ。あの女と一緒にいる佳孝を見るのが、嫌で嫌でたまらなかったんだ!」
「おまえだって、最初は応援すると言ってくれていただろ」
「そんなの、おまえとあの女の信頼を得るために決まっているだろう。あの女に僕が味方だと思わせれば、その後、別れを迫る時に素直に僕の話を聞く」
「おまえ……っ」
「――佳孝、物心ついた時には、もうおまえのことが好きだった」

強く肩を押さえつけながら、俺を見下ろす遥人の目は熱に浮かされたみたいに潤んで。遥人の手が、大切なものでも扱うように俺の頬に触れる。

「絶対に叶わないと分かっていても、この気持ちは消えてくれなかった。地獄のような日々だ。今じゃ、もう本当の自分なんかどこかに行ってしまって、自分が何のためにこんなことをしているのかも分からなくなって。気付いたら、おまえに憎まれていた。こんなに、好きなのに――」
「いい加減に、しろ!」

身体中の力を振り絞って突き飛ばした。投げ出された身体のまま、遥人が俺を見る。

「やっぱり、おまえは間違ってる。男だとか女だとか、そんなことは関係ない」

上半身を起こし、遥人を射抜くように見た。

 俺は、遥人の気持ちにまったく気付いてやることが出来なかった。一番長い時間を共に過ごした学生の頃、遥人から何か違和感のようなものを感じたことは全くなかった。ということは、それだけ自分の欲を懸命に抑えていたということなんだろう。

でも――。

「好きだったと言えば、何をしても正当化されるのか? 相手を苦しめている時点で、それは本当に愛情だと言えるのか?」

その言葉がブーメランのように自分に突き刺さる。

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