囚われのシンデレラ【完結】
3月31日、このラウンジでの最後の演奏だ。
ラストの曲は、リストの『愛の夢第3番』をピアノ、チェロ、バイオリンの三編成に編曲したものだった。
リストは超絶技巧のようなテクニック的な曲が多いけれど、こういったしっとり聴かせる曲もある。
愛の夢の原曲は歌曲だから、いつも以上に歌を歌うように旋律を奏でる。首と肩に楽器を挟んでいるから、喉を通して音を出すつもりで音色を引き出していく。
愛の夢の原曲には歌詞がある。歌詞の冒頭部分の意味することは、こんな感じだろうか。
いつか終わりが来るのなら、その終わりの日、後悔することのないように、この瞬間精一杯愛せよ――。
そう言いたいのかな。
後悔。
その言葉が、やけに胸にこびりつく。
初めてここで演奏した日、あの人の視線とぶつかった。閉じていた目を開いて、ラウンジを見渡す。
あの日と同じ視線がこちらに向けられていた。
西園寺さんが来てる――。
このラウンジにいる。いつもみたいにバイトの途中で遠くから聴いていてくれているのとは違う。ここに、聴きに来てくれている。
見られていることに緊張と胸の高鳴りとが合わさって、その視線から逃げ出したくなるけれど、これが最後だと思えば違う思いが生まれた。
私の音を好きだと言ってくれた西園寺さんに、最後に、私の精一杯の音を届けたい――。
最後は、ただその気持ちだけで演奏した。