囚われのシンデレラ【完結】
「あとで行くから、先に休んでいてくれ」
「はい」
ここでキスなんかしてしまったら、それだけでは止められなくなる。すべてを忘れたくなって、刹那的にその身体を貪ってしまう。自分の衝動を抑えられなくなることが分かるから、出来なかった。
その夜、ベッドの中でおずおずと俺にすり寄って来たあずさを抱きしめた。
「……西園寺さん、心にダメージを受けていませんか?」
あずさが俺の胸から顔を上げる。
「今、ここでだけは、本当のことを言って?」
どう答えようかと逡巡していると、それを見透かしたようにじっと見つめて来た。
「……ああ、そうだな。いろいろあったからな」
一つ一つ挙げて行くのも憚られる。
四方八方から攻め入られているかのようだ。
「多分、そういう時、妻は旦那様を癒してあげるものだと思う。何か直接力にはなれなくても、二人でいる時だけは、私が西園寺さんを楽にしてあげたい。この瞬間だけでも、何も考えずにいられるように。だから……」
そこまで言うと、言いづらそうに口籠った。でも、すぐに覚悟を決めたように口を開いた。
「私が、あなたを、甘やかしてもいいですか……っ!」
真剣にそんなことを言うあずさに、ふっと笑がこぼれそうになる。あずさなりの気遣いが嬉しくて可愛くてたまらない。
「うん。じゃあ、甘やかしてみて」
「は、はい。では――」
何をするのかと思ったら、俺の頭を自分の胸の方へと抱き寄せ、髪をぎこちなく撫で始めた。
「そのまま、寝ちゃってもいいですからね」
「確かに、抱きしめられるのもいいな。あずさの胸、柔らかくて安心する」
「え……っ? そ、そうですか。どうぞ、こんな胸で良ければっ」
俺が顔を押し付けると一瞬身体が強張ったが、そのまま抱きしめ続けてくれた。おそらく、恥ずかしさを堪えている。あずさの方がずっと小さいのに、柔らかくあたたかな身体に包み込まれているみたいで。この瞬間、俺の方が守られていた。
「……これは、もっと甘えたくなるな。いつもの俺でいられなくなるかも」
「二人しかいないから、大丈夫ですよ。私は……」
あずさの手のひらが俺の髪に入り込み、顔を寄せて来る。
「どんな西園寺さんでもいいんです。頼もしい時も優しい時も……弱ってる時も」
あずさの大きな気持ちに触れ、込み上げて来るものを堪えるため強くその身体を抱きしめた。
俺の大切な人。
何を犠牲にしても守りたい人。
「俺には、あずさがいてくれる。それだけで十分幸せだ。俺のそばにいてくれて、ありがとう」
あずさがいるから頑張れる。