囚われのシンデレラ【完結】
「――ご依頼の件の報告で、参りました」
姿を現した遥人は、だいぶ顔の状態は元に戻っていた。その表情も、まるで憑き物が落ちたかのようなまっさらなものになっていた。
「で、成果は?」
一歩一歩俺に近付いてデスクの前に立つ。その遥人の顔を見上げた。
「はい。あの時、裏で何が行われていたのか知ることが出来ました」
遥人も粉飾のことを知り得たということだ。
「常務のことですから、うちが粉飾決算をしていたという事実までは掴まれているのでしょう。ですから、私からの報告は漆原と社長との取り引きが重要なことになるかと思います」
淡々とそう言いながら、言葉を止める。
「――本当に、お聞きになりますか」
「そのために調べさせたんだ」
即答すると、遥人が大きく息を吐いた。
「分かりました」
そう言うと、A4サイズの封筒を差し出して来た。
「これは、その当時の私の父の手帳のコピーになります。やり取り、経緯、すべて記録に残されています」
中に入っているそのコピー用紙を取り出す。
「社長を含めたごく一部の西園寺系の経営陣たちだけで、不正を行う計画を立てた」
その写しには、克明に経緯が記されている。話の内容、相手、場所、時間。
「それを、運の悪いことに漆原に気づかれた。破談になった後も漆原はうちをマークし、人を潜り込ませていたという話もある。そして、最終的に損失額を上手く隠すために、漆原からの資金援助ということにして口裏を合わせることにした。会計処理も目立たぬように帳尻を合わせて。その間、ちょうどあなたはセンチュリーにはいなかった」
それが、父の漆原に対する恩と弱みだった――。
「うちの粉飾決算が世に出ては大変なことになります。常務が借りを返すためだと思っていたものは、漆原への口止め料みたいなもの。そして、再び持ち上がった公香さんとの縁談」
一度破談になったのにおかしいと思っていた。
「漆原は、公香さんには他の人と結婚させようと思っていたが、彼女は怖いくらいにあなたに一途だった。そんな娘を不憫に思っていた。社長も、この先も不正を完全に隠し通すためには、漆原と縁戚を結ぶことが確実だと思った。両者の利害が一致したのです。なのに、常務は帰国後に勝手に結婚されてしまった。本当に社長にとっては痛手だったでしょう」
公香さんを欠陥品だと言いながら俺と結婚させようとしたのは、不正を隠し通すため。センチュリーを守るためだ。
「秘密を抱え続ける以上、漆原はいつまでもうちをゆするでしょう。過去、粉飾決算をした大企業がどうなったのかを思い出されたら、うちがどういう状況に陥るのかお分かりになるでしょう?」
遥人の目は、どこか俺を哀れんでもいた。
「……常務、どうされますか?」
漆原を選んでセンチュリーを守るのか、漆原を切り捨ててセンチュリーを危機に晒すのか。
その二択を迫るということか。
目を閉じ、大きく息を吐いた。