囚われのシンデレラ【完結】

「常務がセンチュリーの不正を告発すれば、経営陣から大きな反発にあう。社の内部情報を勝手に第三者に提供したとして、役員を解任されるかもしれない。世間に公にするということは、同族であるあなたも批判の矢面に立つことになる。企業としても大損害を被り、大多数の社員を路頭に迷わせる」

遥人の淡々としながらもどこか緊張した声が、大きな決断を求められていることが分かる。

「過去の事例を見ても、株価は大暴落です。それだけではない。この不正が時効にかからない部分があれば、刑事罰もあります。時効であっても損害賠償請求をされるでしょう。それより何より、一番の損失は企業イメージだ。そして。あなたは父親を告発することになる。それが出来ますか?」

椅子をくるりと回し、窓ガラスの向こうを眺めた。
窓の向こうに広がる東京の街は、夕焼けに染まり始めていた。

ここまで、死にもの狂いで利益を上げて来た。それは間違いなく、社員の努力があってこそ成し得たもの。それを、一瞬にして無にすることになる。
父が必死に守ろうとしてきたものを、俺が潰すことになるかもしれない。

「――もしかして、常務の心はもう決まっているのではないですか?」

背後から遥人の声がする。

「どうしてそう思う?」

振り返らないままでたずねた。

「何年、あなたのそばにいたと思っているんですか」

その答えに、もう一度大きく息を吐く。

調査を進めている中で、無意識のうちに心の中で覚悟をしていったのだと思う。

「西園寺の人間として、してしまったことの責任は取らなければならない」

それが、創業者一族の責任だ。

「センチュリーの未来を見据える責任がある。責任を持って誤りを正さなければ、この先必ず歪みが生じる。その前に対処するのが立場ある者の責任だ」

今の漆原との関係は健全とは言えない。すべてを断ち切り正しい状態に戻さなければならない。

背後で遥人が息を吐く。

「――公香さんを選べば、すべてが解決するというのに。普通の男ならもっと合理的な判断が出来る。でも、常務はそう出来ない人だ」

俺が公香さんと結婚すれば、表面状は問題を葬り去ることができるのかもしれない。
でもそれは、問題が消えたのではなく地中深くに埋めるようなもの。何をきっかけに表面化するか分からない。

「知ってしまった以上、なかったことにはできない。それは解決ではなく隠蔽だ」
「そうですね。僕の言う合理的な判断は正しい判断ではない。普通の人間は目先のことに囚われて、正しい判断がなかなかできないものですから」

あずさのことを想う。
今朝も見たあずさの顔が、頭をちらつく。

「社長を説得できますか?」
「もう、社長の意思は関係ない」

父がこちらの言い分に耳を貸さないことなど、これまでの経緯で火を見るよりも明らかだ。

余計な感情は一切排除する。この先の正しい未来のためなら、躊躇いなく父も切る。

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