囚われのシンデレラ【完結】
「――佳孝は、本当にブレないな。昔からずっと」
友人でいた時の口調になった遥人に振り返る。遥人が、俺のデスクの上に一通の封筒を差し出した。そこには”退職願”と記されていた。
「僕なりの責任の取り方を考えた。センチュリーを離れるよ。おまえの前には二度と現れない。もちろんそれだけで罪を償えるとは思っていないけど」
差し出された封書を受け取り、遥人を見上げた。
「この先、社外から僕のできることをしていくつもりだ」
そう言った後、遥人が頭を下げた。
「本当に、申し訳ないことをした」
「おまえが苦しめたのは俺だけじゃない。むしろ、一番苦しめたのはあずさだ」
「分かっている」
あずさを――どうすれば守ることになるだろうか。
「どんな手段であれ、あの子を守るんだろう?」
この先、自分がどういう状況に立たされようとあずさは守らなければならない。もう既にたくさんの傷を与えている。
「……あの子なら、おまえの決めたことを理解して支えてくれるだろう。誰よりおまえのことを一番に考えるさ。二人して似た者同士だからな」
そう言って、遥人がふっと笑う。
「彼女に佳孝は君を選べないと言って諦めさせた時、僕が最後に聞いたんだ。『君を選ぶことの出来なかった佳孝を恨むか?』って。そうしたら、あの子は『恨むなんて絶対にない』と即答した。そいうところが、僕や公香さんとの違いかな。その違いを思い知る度、僕はあの子が憎くなった」
あずさの7年と俺の7年。失われてしまった時間の分も、この先、俺があずさのためにできることを考えなくてはならない。
「本当なら、僕が直接あの子に謝らなくてはいけないと思う。でも、今はまだその時じゃない。いつか、彼女の前に立ち謝れるようにしたい」
真摯な表情で遥人は言った。
「おまえが持って来たこの写し。いずれ世に公表することになるかもしれない。それだけは言っておく」
それが遥人にとっても、斎藤家にとっても、どれだけ大きいことか――。
でも、遥人に選択権は与えられない。
「そんなこと分かってる。おまえの好きに使え。じゃあ」
遥人が去った後、一人になった部屋で思う。
この手帳の写しを持ってくるのに、遥人がどんな手を使ったのか。少なくとも、自分の父親を裏切ることになる。それが分かっていても、この先遥人がどんな生活を送るのかは敢えて聞かなかった。
俺も、この先このままではいられない。
あずさを巻き込めるのか。何のために、あずさと結婚したのか。
あずさを守り、あずさを音楽の世界に引き戻すため――。
それが、今となっては、結婚してしまったことであずさに余計な苦労を掛けてしまうことになるかもしれない。そう思うと、耐えられなくなるけれど。
――真実がどんなものであったとしても、私と一緒にいるって約束してくれませんか。
あずさの手を離さずに守る方法を考えること。それが、あずさの想いに応えることになる。
そう自分に言い聞かせる。