囚われのシンデレラ【完結】
時間的余裕はない。すぐに準備にかかる。限られた時間の中で、慎重に、かつ素早く今後の最善のシナリオを固めて行く。
コンサルティングファームの報告書が届き次第、一刻も早く事を起こす必要がある。担当者も一緒に来日してくれることになっていた。
父親を告発する――それが、どれだけ自分の人生にとって大きなことか。
父が、漆原のような人間と手を組んでしまったことが悔しくてならない。センチュリーのトップとして、正しい道を選んでほしかった。
幼い日々の父との思い出、母、妹。家族の顔が浮かぶけれど、それらを全て振り切る。もう、父にも漆原にも好き勝手させない。
「――常務、漆原会長がお見えです。いかがされますか?」
兼務してくれている秘書から伝えられた。
公香さんに動きがあったか――。
一気に心が強張る。
会長自ら直接来たということは、おそらく……。
逃げも隠れもしない。
ポケットに手を差し入れ、スイッチを入れる。
「通してくれ」
「かしこまりました」
部屋で待ち受けていると、病院で会った時とは別人のように落ち着いた姿の漆原会長が現れた。
「今日は、最後のお願いに来た。これが君と交渉する最後だ」
何の挨拶も前置きもない。
「何でしょうか」
「公香が意識を取り戻した。今はまだ治療の必要があるからしばらくは入院が必要だが、もう命の危険はない」
「――そうですか。それは、本当に良かったです」
その言葉に嘘はない。心からホッとして、思わず手を机についた。
「そこでだ。せっかく取り留めた命だ。もう二度と公香に同じことを繰り返しては欲しくない。これから退院に向けて、今こそ強い気持ちと生きる希望が大切なんだ。どうか、頼む。公香と一緒に生きてくれないか。この通り、最後のお願いだ」
病院で口にしたことのと同じ言葉を吐く漆原会長を、冷めた目で見る。
『もう、おまえなど必要ない』
そう言っていたというのに。
「――申し訳ございませんが、病院でお話した私の答えに変わりません」
「では、言葉を変えよう」
淡々と告げる俺に、漆原会長が声色を変えずに言った。
「君が公香を選ばないと言うのなら、こちらも黙ったままではいられない。お宅のために、ずっと胸に秘めていたことがある。それを、公表しなければならなくなる。センチュリーを、自分の父親を窮地に陥れることになるが、それでもいいか?」
予想通りの言葉が返って来た。
「君の個人的な我儘のせいで、一つの企業をどん底に落とす。父親が逮捕される可能性もあることだ。そんなこと、君に出来るか?」
その余裕に溢れた漆原を真っ直ぐに見た。
「どういう事か見当もつきませんが、どちらにしろそちらにご心配いただく必要はございません」
「……それはどういう意味だ?」
表情を訝し気にしかめながら俺を見る。
「そのままの意味です」
「まさか、もう、すべてを知っているのか? 父親から聞いたのか?」
それには答えない。答える義理もない。
秘密を漆原の方から簡単に公表するとは考えられない。この秘密には漆原も絡んでしまっている。漆原にも都合の悪いことはある。
「これ以上、お話することはございませんので、どうぞお引き取りを――」
「会社が傾くぞ」
焦ったように漆原会長が詰め寄る。
それを眺めるように見ている俺に、封筒から取り出した何かの紙を投げつけて来た。
「会社のことだけじゃない。それを見ても、そんな態度でいられるか?」
はらりと床に落ちたその紙を拾う。
これは――。
視界に入る文字と写真に言葉を失う。