囚われのシンデレラ【完結】
大きく息を吐き出し、心拍を整える。
レッスン棟を出た時感じた寒さなど、どこかに行ってしまっていた。それどころか、コートの中の身体が恐ろしいほどに熱を発散している。
電車の窓に映る自分の姿に苦笑する。
これじゃあ、これから優雅に演奏する人間とは思えないよな――。
とっちらかった前髪を指で整える。向かい風を受け続けたせいで、おかしな方向のまま前髪がセットされてしまっていた。一つに結んだ髪も、ところどころほつれている。
なんとか、少し余裕のある時間にホテルに着いてほしいけど――。
そう思って腕時計を確認する。スムーズに予定通りに乗り換えられれば、10分くらいは余裕がありそうだ。ホテルで少し身なりを整えられる。
これから向かう場所は、センチュリーホテルTOKYO。
3月の1か月、期間限定のアルバイトだ。ホテルのラウンジで、生演奏をする。ホテルのスプリングキャンペーンとかで、ラウンジでお茶をする人たちにBGMをお届けするのだ。
大学でこのアルバイトの求人情報を見つけた時に、即座に飛びついた。
ただでさえ、アルバイトの時間は練習時間を削っていることになる。そのアルバイトが演奏することだなんて、こんなにありがたいことはない。
長期休みは稼ぎ時だ。ずっと続けているコンビニのバイト以外にも仕事を増やしたいと思っていたところだった。
日本を代表する高級ホテルなだけあって、時給もかなりいい。これはかなり大事なポイント。とにかくお金を稼ぎたい。少しでも自分で賄いたい。無理をして私に音楽をさせてくれる両親に、ほんの僅かでも楽をさせたい。