囚われのシンデレラ【完結】
10 二人だけのかけがえのない時間
構えたバイオリンから出る音は、どこか頼りなさげで。
楽譜にある指示、”Vivace”――活発に速く、生き生きと――とはあまりにかけ離れたものですぐに弓を下ろした。
はぁ――。
もう何度目の溜息だろう。広いリビングに、乾いた自分の息が漂う。
西園寺さんが慌ただしく帰宅した日から3日が経つ。着替えを取りに来たと言って、そのまますぐにここを出て行った。
『今、どうしても調べなければならないことがある。漆原とうちの関係がどうも不自然で。俺が独自に調べている』
あと少し待っていてくれと言う西園寺さんを見送った。
それから、何か危険なことをしているのではないかと、悪い想像ばかりしてしまうのだ。
練習を中断し、ソファに腰掛ける。
西園寺さんが帰宅したときに、公香さんが命を取り留めたと教えてくれた。それを聞いた時、身体中の力が全部抜けてしまうくらいにホッとした。その後に激しい震えが起きて。自分が、どれだけ怖れを感じていたのか実感した。
7年半前の私たちの別れが、まさか、斎藤さんの企てたものだとは思いもしなかった。それどころか、柊ちゃんまでもが関係していた。その事実を聞いた時、言葉では表せない感情が込み上げた。
衝撃、怒り、混乱――。
でも、私にひたすらに謝る西園寺さんを見ていたら、自分の中に生まれた感情はすべて西園寺さんのものに成り代わった。西園寺さんがどれだけ傷付き心を抉られたのか、そのことばかりを考えてしまう。
西園寺さんの過ごした7年を思うと、たまらなくなるのだ。私も7年という歳月を狂わされたことになるけれど、西園寺さんは私の比じゃない。
私も悪かった。小さい時から同じ時間を過ごして来た柊ちゃんのしたことを、少しも気付けずにいたのだ。柊ちゃんまでもが西園寺さんを追い詰めていた。それが悔しくて、やりきれなかった。
西園寺さんに早く会いたい。これから先は、私も彼を救いたい。
離れなければならなかった7年を埋めて行くように、これから先の人生を西園寺さんのそばで生きて行きたい――。
立ち上がり、窓辺へと近寄る。額を冷たいガラスにくっつけ、東京の街並みを見下ろした。
私は、あなたのために何が出来ますか――。
心から愛している。あの人の何もかも。
どこからともなくやって来る胸の痛みをなだめるように、自分の胸を手のひらでさする。その薬指に光る指輪が、私の不安に押し潰されそうな心を支えてくれる。
私は、西園寺さんの妻だ。何があっても、隣にいる立場にあるんだから。
そう言い聞かせる。
夜がふけても消えることのない街の明かりが、時間を果てしなく感じさせた。
結局、日付が変わっても西園寺さんは帰って来なかった。
一向にやって来ない眠気と進まない時間。それらをやり過ごすために、一心不乱にバイオリンを弾き続けた。
ソコロフ先生から出されている大量の課題でさえもうやることがなくなるほどに練習したところで、ようやく睡魔が訪れて。そのままソファに倒れ込んでしまった。