囚われのシンデレラ【完結】
「……あずさ」
遠くから聞こえる声と、ふっと感じる寒さに肩を震わせる。
「こんなところで寝ていたら、風邪をひく」
「ん――」
聞きたくてたまらなかった声だと気付いて、ハッと目を開いた。
「西園寺、さん……っ」
そして会いたくてたまらなかった顔がそこにあって、飛び起きるように身体を起こした。
「ずっと、練習していたのか?」
そう私に聞きながら肩に触れる。また、バイオリンを抱えたままで寝てしまっていたようだ。
「……は、はい」
「ソコロフのレッスン、そろそろだったよな。練習はちゃんと進んでる?」
「はい」
「そうか……」
この数日会いたくて話をしたくてたまらなかった人が目の前にいるのに、そんなことを聞かれたので言うべき言葉を失ってしまった。
「お母さんのところに行かせてあげられないままで、悪かった」
「い、いえ……大丈夫です。電話は毎日しているし、それに、西園寺さんに言われていた一週間を過ぎていませんよ」
一週間は家から出ないでくれと言われていた。その期限はまだ来ていない。
横になっていたソファに慌てて座り直した私の正面に、西園寺さんが腰を落とす。隣に座るんじゃなくて、真正面にいて私を見上げる格好になる。
そうやって私を見つめる眼差しは優しいものだけれど、その目の奥にあるものが気になって仕方がない。他愛もないことを口にしていることが、余計に私の不安を駆り立てる。
ネクタイをしていないスーツ姿。優しいのに、やはり、どこかその目は無理をしている。
「3日も家を空けて悪かった」
「ううん。それより、西園寺さんは大丈夫? 疲れているんじゃないですか?」
探すように時計を見つめ時間を確認すると、朝の7時を過ぎたところだった。
おそるおそるその頬に指を伸ばす。目の下には色濃く影が差している。前髪は、いつもよりラフに下ろされていた。それが、表情に疲労を滲ませる。
「ちゃんと寝てましたか? 食事は取った? とりあえず、休んだ方が――」
聞きたいことも話したいこともあるけれど、見れば見るほどに辛そうで。指だけで触れていたのを手のひらで確かめるように触れた。
そして、じっと探るように見つめたら、その目が苦しげにしかめられる。西園寺さんの頬に触れていた手を掴まれた。
「西園寺さん……?」
「話があるんだ」
私の手を西園寺さんの両手が包む。大切に包み込むように握りしめられた。
「あずさ、ごめん」
ぎゅっと私の手を握り締めたまま俯いている。そのせいで表情が見えない。広い肩が微かに震えているのに気付く。
「西園寺さん――」
「――俺と、別れてほしい」
「……え?」
すぐには理解できなかった。握りしめる力が強くなって、西園寺さんがもう一度口にした。
「離婚してほしいんだ」
身体から熱が引いて行くのに手のひらだけが温かくて、そのちぐはぐさが私を混乱させる。