囚われのシンデレラ【完結】
駆け寄って来る西園寺さんに驚いている間にも、腕を取られていた。
「あ、あの……っ、西園寺さん?」
「少しでいい、話がしたい」
「え……えっ?」
「今、いい?」
「は、はい――」
その勢いに押されて頷く。一体、どうしたと言うのか。
「あずさっ」
呆然とした顔の柊ちゃんの真横をすり抜けて、西園寺さんの腕に引かれて行く。
「西園寺さん、一体、どうしたんですか?」
声を掛けても、その顔が振り向くことはなかった。
必死で、その背中を見つめる。ただ、掴まれた腕の、西園寺さんの手のひらの体温だけが頼りだった。
たくさんの人が行き交うホテルのロビーをすり抜け、以前二人で話をした裏庭にたどり着く。そこでようやく西園寺さんは、私の腕を離した。
荒ぶる呼吸をなだめるため、何度も胸をさする。そんな私を見て、西園寺さんが口を開いた。
「――こんなところに、突然連れ出したりして悪い」
私の目の前に立つと、自分自身に驚いているような表情を見せた。
「気付いたら、進藤さんの腕を掴んでた」
「どうして……」
大きく息を吐いてなんとか絞り出した言葉は、それだった。
「君が男と話しているのを見たら、身体が勝手に動いていた。今まで、こんな風に衝動で動いたことなんかないのに」
そこまで言うと、ハッとしたように西園寺さんが私の顔を見る。
「もし、一緒にいた人が進藤さんにとって大切な人なら、俺はとんでもないことをしたよな。迷惑をかけることになるなら、一緒に謝りに行ってもいい。俺が勝手にしたことだって――」
「違います。柊ちゃん……彼は、私の幼馴染で、そういう関係ではありません」
脳より先に心が動く。この人に、勘違いされたくない。そう思う自分の心を止められない。
「……じゃあ、こんな風に連れ出しても、迷惑ではなかった?」
私に向けられるその眼差しが、心を激しく揺り動かす。ドクドクと打ち付けて来る胸の鼓動がうるさくて、西園寺さんに気付かれてしまうのではないかと落ち着かない。
曇り空の下、他に誰もいない裏庭で、ただ向き合う。
「迷惑なんかじゃ、ないです――」
これ以上、近付かないように。
これ以上、この人のことを知ることがないように――。
あれだけ遠ざけて来た防衛本能はどこに行ってしまったのだろう。身体中に警告音が鳴り響いている。それなのに、この足は動かない。
「ここ最近、君が突然俺を避けるようになった。その事実に、どうしようもないほどに戸惑った。31日が過ぎれば、進藤さんのバイトも終わる。もう、このまま会うこともないのかと思ったら、居ても立ってもいられなくなった」
私を見下ろすその目に、いつもは感じられない熱を感じて、自分までも体温上がって来る気がして。
「今日で最後じゃなく、この先も会いたいんだ。進藤さんに、会いたい。それを伝えたくて来たんだ」
壊れるんじゃないかってほどに心臓の鼓動が早い。思わず胸に手を当てれば手のひらにも痛いほどに伝わって来る。
コンクールや試験本番前とは全然違う胸の苦しさに、私はようやく答えを見つけた。
ただ苦しいだけじゃない。その苦しさの中に、甘い痺れみたいなものがある。
どれだけ理屈で考えてもその通りに身体が動いてくれないのは、それが感情だから――。
私は、この人が好きなのだ。きっとこれが、恋だ。
「私も――」
ぐらぐらに震えてしまいそうな足に懸命に力を込めて、西園寺さんを見上げる。
「私も、あなたに会いたいです」
だから。
近付かない方がいいとどれだけ言い聞かせても、そんなことを言ってしまうのだ。あれだけ”怖い”と思っていたのは、この気持ちを認めることになるからだったのだ。