囚われのシンデレラ【完結】
2 この恋の未来に続く扉はどこにある?
『じゃあ、また連絡する』
お互いに連絡先を交換して西園寺さんと別れた。
衣裳も着たままで最後の挨拶もしていないし、この後コンビニでのアルバイトもある。ゆっくり話をしている時間はなかった。
急いでホテルへと戻ると、ラウンジの辺りにはもう柊ちゃんの姿はなかった。
話し途中で置き去りにしてしまった。なんとなく柊ちゃんと話をするのが気が重い。そう思ってしまっている自分がいる。
控室に戻り最後の挨拶を終え、ホテルを後にする。バッグの中からスマホを取り出すと、1件のメールを受信していた。
【ちょっとトイレに行ってる間に、いなくなってるから話も出来なかったじゃない。
柊くんと一緒に帰ります。
今日はいつも以上にあずさの音が心に響いた。何か、あったのかな? 】
それは、母からのものだった。
お母さんも来てたんだ――。
それにしても、親は侮れない。少しの変化も察知してしまうみたいだ。
柊ちゃんは、西園寺さんのことを母に何か言っただろうか。不安に思いつつ、スマホをバッグへと戻す。
バイトの後、いつものように大学で練習して帰宅すると、隣家の門扉にもたれて立つ柊ちゃんの姿が目に入った。
「おまえ、西園寺さんとは何でもなかったんじゃねーのかよ」
何の前置きもなく、暗い中でも分かる険しい視線を私に向けて来た。
「突然いなくなったのは謝る。ごめん。でも、柊ちゃんが考えているような、特別な関係じゃない」
付き合うとか、恋人とか、そんな関係になった訳ではない。
「だったら、さっきのは何なんだよ。ただの知り合いが、あんな風に連れ出したりするのかよ」
「本当だよ。でも……」
柊ちゃんを真っ直ぐに見つめる。もう10年以上の付き合いだ。嘘をつけるとも思わないしつこうとも思わない。
「私、西園寺さんのこと、好きになっちゃった」
「あずさ……」
柊ちゃんには、本当のことを言いたい。
「また会いたいって思う。でも、ただそれだけ」
「それだけって……だから、あの人はーー」
「分かってる。別世界の人なんだよね。それでも、また会いたいという気持ちは抑えられなかった」
もたれていた背を離し、柊ちゃんが私に近付いて来る。
「また会いたいって、そうやって会うようになって、その先は? どう考えてもおまえが傷付く結果になるだろ! それが分かっていて、何でそんなことに足突っ込むんだよ」
「……私もそう思ったんだけどね。頭で分かっている通りに出来なかった」
あの人を前にしたら、そんなこと全部吹っ飛んでしまった。
「とにかく、俺は反対だからな。おばさんには何も言ってねーし、おばさん達に心配かけるようなことはするな。じゃあな」
「ちょっと……っ」
柊ちゃんは、そう言い放つと家の中に入って行ってしまった。
「おかえりー!」
自宅に入ると母が走り寄って来た。なんとなく、母の顔が見られない。
「今日、来るんなら言ってくれれば良かったのに」
「だって、前もって言っちゃったら、あずさもやりづらいだろうと思ってね」
「そういうことか……」
確かに、来ると分かっていたら意識してしまっていたかもしれない。
「とにかく、今日はびっくりした。いつのまにこんなに大人になってたんだろうって。あずさが綺麗になってるから、驚いたよ」
「そんなお世辞言っても、何も出て来ないよ。じゃあ、お風呂入って寝るね。おやすみ」
「うん、おやすみ」
これ以上まじまじと見られるのも嫌で、逃げ出すように二階の自分の部屋へと駆け上がる。