囚われのシンデレラ【完結】
早く会いたいと思っていたのに、いざ当日が来たら、刻々と迫る待ち合わせの時間に怖れている。
何着ようか。髪形は? メイクはどの程度?
大して広くもない自分の部屋でうろうろと行ったり来たりしている。
ただいまの時間、AM4:00――。
寝起きのぼさぼさの髪をさらにかきむしりながら、クローゼットの前で止まった。
時間はいくらでもあったのに、もっと事前に考えておけばよかった――!
西園寺さんは、やっぱり私から見たらとても大人に見えて。一緒にいても恥ずかしくないようにするためには、もう少し女性らしい服装の方がいいのか。でも、いつも走りやすいように基本パンツスタイルのカジュアルな服ばかり着ていたのに、いきなりワンピースなんて着て行ったら、気合入り過ぎのような気もする。
じゃあ、いつも通りジーンズ? でも、それでいいの? あぁっ、分からない――!
これまでの私の人生、バイオリンとアルバイトのことしか頭になかった。
男の子と二人きりで会ったことなんてないし(柊ちゃんは別)、ましてや、好きな人と二人きりとか、そういう経験も皆無だ。それこそ、好きな人だって初めてできたわけだし。
みんな、着る服一つにこんなに悩んでいたの?
こんなんじゃ、身が持たない。
一人、脳内で大騒ぎしていたら、20分も過ぎていた。
結局、いつも通りジーンズを履き、トップスを少しだけ女性らしいものにした。シフォン素材のブラウスに薄いピンクのカーディガンを合わせる。これなら、いつもよりは女性らしいけど大きく変化したわけでもない。
よし――。
鏡の前で無理やり納得させる。
髪形にまで時間が多足りず、いつものように長い髪を一つにまとめた。
日課となっている大学での早朝練習を終えて、大学を出る。
この日の練習は、まったくと言っていいほど集中できなかった。音楽のことを考えようとすればするほど、全然関係ないことを考えてしまっていた。
待ち合わせは、16時。アルバイト先のコンビニに近い六本木駅だ。バイトが始まる19時までの3時間、二人で過ごせる。
地下鉄が六本木駅へと近付くにつれ、確実に心拍数が上がっている。
あと3駅、2駅、1駅――。
地下鉄から降り、ホームへと出る。どんな顔で出て行けばいいのか、分からなくなる。
私って、いつもどんな顔してたっけ。
そんなこと、考えたこともない。
とりあえず笑ってみる。鏡があるわけじゃないからどんな笑顔になっているのか確認のしようもない。
と、とりあえず笑顔で。
もう一度、にっと口角を上げてみる。バイオリンケースのストラップを握り直し、意を決して歩き出した。
駅から地上へと出る階段を上り切る。空の明るさが広がったと同時に、ガードレールにもたれて立つ西園寺さんの姿が目に入った。
その瞬間に、どんな顔をして出て行くかなんてこと、すっかり忘れ去っていた。