囚われのシンデレラ【完結】
「子供の頃のトラウマで、どちらかと言うとバイオリンの曲は苦手だったんだ。教えてくれていた先生が、本当に怖くてさ。音程間違えると、教本が飛んで来て。それが絶妙に身体には命中しないんだけど。それが恐ろしいのなんのって。もう鬼にしか見えなかった」
「何歳くらいの頃ですか?」
「6、7歳くらいかな」
「そんな小さい時にですか?」
「子供相手に本気なんだよ。親に頼み込んで、小学生のうちにやめたんだ。でも、進藤さんのバイオリン聴いて、俺の中の悪いイメージが上書きされた」
そう言って私に向けられた西園寺さんの視線に、意味もなくドクドクと鼓動が早くなる。
「悪夢の音が、心地良くて心惹かれる音になった。バイオリンって、こんなにいいものだったんだなってさ。それで、今さらはまってる」
西園寺さんが待ち合わせ場所で耳にしていたイヤホンを手にした。
「家にあったもの適当に物色して聴いてたら、これが結構良くて。進藤さんも聴いてみる?」
「はい、聴きたいです」
右側の片方のイヤホンを差し出され、それを自分の耳にはめる。繋がっていたコードの長さから、西園寺さんが少し身を乗り出した。近付いた身体に、更に心拍数が上がり始める。
「……この曲、特に好きなんだ」
耳に流れて来た音とは別のことにも、意識が向いてしまう。
「あ、えっと、フォーレの『夢の後に』ですね。私も、好き、です――」
西園寺さんの顔が間近にあって。
伏せられた綺麗な目。あらわになっている形のいい額。二重を縁取るまつげに、よく見ると右目の下の辺りにほくろがある。
すっとした角度の鼻、形の良い薄い唇……。
そこまで視線を向けて、急に恥ずかしくなり思いっきり顔を背けた。
「あ……ご、ごめん。近付き過ぎだよな。コードレスのイヤホンにすれば良かった」
慌てたように西園寺さんが私から顔を離した。
私が、これくらいのことで意識してしまったから――。
それで、西園寺さんにいらぬ気を遣わせてしまった。
顔が熱い。きっと今、恥ずかしいくらいに顔を赤くしているんだろう。顔を上げられない。
「い、いえ! こっちこそ、すみません」
「こっちこそ」
お互いに謝りあうと、西園寺さんがふっと笑った。それに顔を上げてみる。西園寺さんが口元に指を当て、言った。
「なんだか、恥ずかしいな」
「そ、そうですね」
私も笑ってしまう。
そんな私たちの前に、ちょうど料理が運ばれて来た。
「……とりあえず食べるか」
「はい」
それから、いろんなことを話した。
西園寺さんの子供の頃の話。特にバイオリンの先生との恐怖体験には、心から笑ってしまった。
バイオリンには苦手意識があるけど、ピアノはそこそこ好きだったこと。
でも、結局、スポーツの方に夢中になったこと。私のこともたくさん聞かれて、気付けば、緊張を忘れて自分のことも身振り手振り話していた。
時間を忘れて話していたせいで、窓の外が暗くなっていることにも気付かないでいた。