囚われのシンデレラ【完結】
六本木駅に着き、地下鉄のドアが開くと同時に飛び出した。
駅からほど近い超高層ビル。世界各地に系列のホテルを持つ巨大ホテルチェーンだ。プライベートでお世話になることは、まずない。
車寄せのあるエントランスに向かう。アルバイトの身ではあるが、初日はエントランスから入っていいと言われていた。
玄関では、見るからに仕立てのいい制服を着たドアマンが姿勢よく仕事をしている。それを横目に自動ドアを急いで潜り抜けたところだった。
「わ……っ!」
一瞬の出来事だった。何かにぶつかる衝撃の後、スローモーションのようになってゆっくりと身体が傾く。そして次の瞬間、床に尻もちをつき激しい痛みに襲われた。
「うぅ……っ」
床に手を付き、痛みを感じつつ立ち上がろうとした時、私を見下ろしている人の影があった。
「あ……っ、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
私が前を見ていなかったせいで、この人にぶつかったのだということに気付き、慌てて声を掛けた。
「そちらの方が、大変そうだけど」
「え? あ、ああ、私は、大丈夫です。ホント、すみません――」
痛みを誤魔化すように中途半端な笑みを浮かべながらその人を見上げる。
真っ先に目が行ったのはその鋭い視線だった。思わず目を逸らすと、すぐに立ち上がって姿勢を正し改めて頭を下げた。
「すみませんでした」
「大丈夫です」
抑揚のない声が帰って来る。とりあえずはその言葉にホッとすると、途端に自分の置かれている状況を思い出した。
「じゃ、失礼します」
もう一度、勢いよく頭を下げてその場を立ち去る。
肩に背負ったバイオリンケースの中身が気になる。さっきの衝撃は大丈夫だろうか。一応は比較的頑丈だと言われている樹脂製だけれど、命の次に、いや命より大事なバイオリンだ。
一刻も早く中を確認したい気持ちを抑え、事前に伝えられていた控室に向かう。