囚われのシンデレラ【完結】
午後6時に汐留駅で待ち合わせをしていた。新橋にほど近いこの駅は都内のビジネス街の一つで、帰宅するサラリーマンたちが多く行きかう。
どこに行くつもりなんだろう。
待ち合わせに指定された駅改札で、西園寺さんを待つ。
「進藤さん!」
その声に辺りを見回すと、すぐに、こちらに走って来る西園寺さんの姿が見えた。
「西園寺さん――」
初めて見た、西園寺さんのスーツ姿に目を奪われる。いつもだって十分私から見たら大人で、素敵だった。
でも、そのスーツ姿は、大学にいる男の子たちとは全然違う大人の男の人の姿だった。すらりとした身体にぴったりと合う張りのある生地は、シワひとつ見当たらない。
「ごめん、待たせたか?」
「いえ、全然っ」
出会った頃に振り出しに戻ったみたいに、激しい緊張に見舞われ、上手く西園寺さんを見ることができない。
「じゃあ、行こうか」
「あ、あの。どこに――」
そう聞くのが精一杯。ドキドキと鳴る胸が煩い。
「着いてからの楽しみにしておいて」
「え――」
「大丈夫。変なところに連れて行ったりはしないから。安心してついて来て」
そう言って、にこりと笑った。
「――ここ」
連れて来てもらったその場所に、ただ驚いて立ち尽くす。
「進藤さんの誕生日、何がいいかと考えた。一番喜んでもらえるのは何かって。それで、ここにした」
「誕生日……」
そこは、汐留駅近くにある、席数80ほどの小さなホールだった。
「ホールでリサイタルを開きたいと言っていたから。客が俺しかいないのは申し訳ないけど、いつか本当に夢を叶えるその時のための予行演習ってことで、どうかな……」
隣に立つ西園寺さんが、私をうかがうように見つめる。
私が言ったこと、覚えていてくれたの――?
ホールに並べられた椅子と、舞台にあるグランドピアノ。そして、私と西園寺さんしかいない。
私のために、貸し切ってくれた――。
「こんな……想像すらしていませんでした。何と言ったらいいのか……」
夢みたいで、その一方でこんなことをしてもらっていいのかという気持ちとで、戸惑ってしまう。
「何も言わなくていいよ。思いっきり演奏すれば、それでいい。今日は、進藤さんのためにある場所だ」
いつも落ち着いている西園寺さんが、どこか少年のように嬉しそうに言った。