囚われのシンデレラ【完結】

 もちろん、ホールで演奏したことはある。でもそれは、発表会だったりコンクールだったり試験だったり。それはどれも私のためだけの舞台じゃない。
 ここは、西園寺さんが私のためだけに用意してくれた舞台だ。

「さあ、演奏して。何でも、弾きたい曲」
「はい」

荷物を置いて、ケースから、バイオリンを取り出す。
 それに安心したのか、4列ほどある席の3列目真ん中あたりに西園寺さんが腰掛けた。
 真前に座らないでいてくれるのが、西園寺さんの気遣いだろうか。私は心を決めて舞台中央へと進む。

「じゃあ、始めます」

たくさんの人の前ではない、たった一人を前にして弾くということの緊張は、また特別なもので。これまでとは違う感覚が襲う。

でも。

こんな機会をくれた西園寺さんのためだけに、精一杯演奏したいここは、西園寺さんが私のためだけにくれた舞台だ。

こんな機会をくれた西園寺さんのめに、精一杯演奏したい――。

それだけを考えれば、自然と身体の強張りは消えて行った。

 バイオリンを構え、弓を上げる。そして短い呼吸をして、神経を研ぎ澄ませる。

 音を発する前の、無音で張り詰めた瞬間。その時間の間に、音楽の世界へと没入して行く。

 ここのところずっと、狭い練習室でただ一人練習していた。その、閉じ込められていた自分の音を解き放つように、後はただ無心になって演奏し続けた。
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