囚われのシンデレラ【完結】
私の今出せる音を、西園寺さんに伝えたい――。
その思いが音に載ってくれればいい。
ひたすらに弾き続けて、ようやく弓を持つ手を下げた。額には汗が吹き出ていた。それをその手で拭う。
西園寺さんの方へと視線を向けると、ただ私だけを真っ直ぐに見つめていた。その眼差しに笑みはなかった。射るように向けられた視線に、私も視線を返す。
「最後は、フォーレの『夢の後に』を演奏します。聴いてください」
カフェで一緒に聴いた、西園寺さんが好きだと言った曲。こんなにも素敵な誕生日プレゼントに、お返しが出来たら。一音一音、心を込めて、美しく物哀しく切ないメロディを奏でた。
最後の一音を弾き終えた後、この曲と同じ、夢から覚めて地上へと戻って来たかのように放心状態になって大きく息を吐いた。
でも、私の夢の時間は、終わっても一人ではなかった。
弾き終えた数秒後、手を叩く音が届く。私が演奏し始めてから初めて、西園寺さんが音を発した気がする。
「……何て言うか、ごめん、言葉にならなくて。ただ、圧倒されて息する間もなかった」
そう言って、さらに大きな拍手をくれた。その拍手が私の感情を昂らせる。
私のためだけにあるホールで私の音が響く。西園寺さんが聴いてくれて、拍手をくれる。それが、こんなにも心を震わせる。堰を切ったように、思いを吐き出していた。
「これまで、密室で一人、ずっと練習して来ました。いつかは表舞台に立てるようにって、ただそれだけを夢見てバイオリンに向き合って来たけど、結局Aオケから落ちて。どんどん人に聴いてもらえる機会は減って行く。それでも諦めたくないから練習して。でも、どうしても心折れそうになる時もあって……」
周りの子たちは技術を上げるために、時間もお金も惜しまない。試験やコンクール本番前にこういうホールを借り切って練習する子もいる。この春休みも、外国に行って著名なバイオリニストからレッスンを受けて来た子もたくさんいた。開いて行く実力に嫌でも焦るのに、私には出来ないことも多い。その葛藤を抱えて来た。
「だから今日、こんな機会をもらえて、私の音を聴いてもらえたことが本当に嬉しいんです。こんなに演奏するのが楽しかったのは久しぶりで、自分が本当にバイオリンが好きなんだってことを改めて実感することが出来ました。いつも励ましてくれて、本当にありがとう――」
頑張って頑張って、でも、目の前に掴めるものなんて何もなくて。それでも頑張って。そんなもがき続けた日々が蘇って、嫌でも溢れて言葉に詰まる。
「す、すみません……っ」
西園寺さんに背を向け乱暴に目を擦っていると、背後から腕を回された。それが、抱きしめられているのだということに気付く。