囚われのシンデレラ【完結】
気付いた瞬間に、心臓が暴れ出す。
背中に感じるスーツ越しの体温に、一気にドキドキが身体を突き抜けて行く。こんな経験一切なくて、息を潜めてただじっとその腕の中にいることしか出来ない。
「……俺の方こそ、贅沢な時間だった。進藤さんの音を独り占めしたんだから」
耳元すぐ近くで聞こえる、低くて艶のある声が耳たぶを掠めて。反射的に肩をびくつかせてしまう。
「これから先――」
西園寺さんの声が強張ると同時に、私の肩を囲む腕に力が込められた。
「俺が、一番近くで見ていてもいいか……?」
ぎゅっと強く抱きしめられる。その腕の力強さに、私の心臓は今にも壊れてしまいそうなほど早い鼓動を刻む。
「進藤さんが、必死に頑張ってる時も、嬉しい時も苦しい時も、涙を流す時も、その時一番近くにいる男は俺でありたい」
「そ、れは――」
この状況に既にキャパシティをオーバーしている。震える唇から出て来た声は、悲しいほどに心許なかった。
私を抱きしめていた西園寺さんの手が私の肩を掴み、真正面に立つ。
「――好きなんだ」
そう言った西園寺さんの表情に、息が止まる。少ししかめられた熱のこもる視線に囚われ、どんな躊躇いも正論も心から消え去った。柊ちゃんの言葉も、斎藤さんが言っていたことも、どれもみんな聞こえなくなってしまった。
「私も――」
この人と一緒にいたい。近くに、いさせてほしい――。
「私も西園寺さんのことが、好きです……っ」
この時、私の中に、それ以外の言葉なんて浮かばなかった。初めての、”好き”という気持ちがすべてだった。
「本当……か?」
「はい――」
からからに乾いた唇からなんとか声を絞り出した時、勢いよく抱き寄せられた。
ただ、きつく抱きしめられてその広い胸に包まれる。これ以上、どんな言葉を告げればいいのか分からなくて、腕の中で無言のまま西園寺さんの早い鼓動をじっと聞いていた。
恐ろしくドキドキとしているのに、いつまでもこうしていたいなんて思っている。
初めて、こんなにも間近に西園寺さんを感じている――。
背中に感じる大きな手のひらも、髪に感じる吐息も、頬にふれるネクタイも、何もかもが西園寺さんのもの。現実なのか夢なのか、もう心が浮き立ってどこかに飛んで行きそうになっていた。
ただじっと抱きしめていた西園寺さんの腕が、私の背中からゆっくりと動く。その、何かが迫る気配に、胸が締め上げられるみたいに痛い。
少し離れた身体。大きな手のひらが私の頬に触れ、西園寺さんの顔が近付く。親指が私の耳にかかると、ゆっくりと顔を上へと向けさせられた。
身体全部が緊張で強張る。そんな私の強張りを解こうとするように、西園寺さんの指が優しく私の頬を撫で、もう片方の手が後頭部へと滑り込んで――。
私の唇に、西園寺さんの唇が重なった。