囚われのシンデレラ【完結】

「――でも、良かった」
「ん? 何が?」

おにぎりが喉に詰まりそうになりながら聞き返すと、奏音が改まったように私を見た。

「最近、元気そうで。”走る女”健在だし?」

きっと、言葉にせずとも気にしてくれていたのだ。

「私は、走ってなんぼの女ですからね」

笑顔で返すと、少し真面目な顔になって奏音が言った。

「……なんていうか、ありがと」
「どうして、ありがとう?」

その真意を探る。

「あずさが、前と変わらず接してくれて、ホッとしてる」
「奏音……」
「なーんてね。何でもないよ。何でもない」

奏音がAオケで、私が落ちたから。奏音に私との接し方に心を砕かせてしまっていたのかもしれない。

「バカだな。ここは実力がすべての世界だよ。結果は全部自分自身の責任。そうやってみんな頑張ってるんだから、何も気にする必要なんてない。私だって、このままで終わるつもりはないからね」
「……そうだね。あずさがこのまま燻ってるわけないし。『走る、根性の女!』って感じだし」
「根性だけはあるんだよ。あと、体力もね」

私が腕を上げて力こぶを作る真似をする。そうしたら奏音は声を上げて笑った。

「そんなあずさに、耳よりの情報」

奏音が私に身体を近付けて、耳元で言う。

「今度、サロンコンサートのオーディションがあるらしいよ」
「サロンコンサート……」
「そう。学部長の推薦で、サロンで演奏させてもらえるオーディション」

年に4回、小さなホールで演奏をさせてもらえる。そこで演奏するためには学部長の推薦が必要で、毎回学内でも優秀な人が選ばれている。

ポスター作製も宣伝もホールもすべて大学負担だ。学生としては名前を売るために、ぜひとも立ちたい舞台だ。

「Bオケの人がオーディションを受けちゃいけないって決まりはないんだから。あずさも受けたら? って言うか、絶対に受けるよね」
「もちろん。せっかく目の前にチャンスがあるなら、挑戦する以外の選択肢はないよ」

激戦なのは分かっている。それでも立ち向かってこそ私だ。

「奏音、ありがとう」
「どうせ、そのうち学内で告知されるんだから。遅いか早いかでしょ?」

そう言う奏音の笑みに、もう一度心の中で呟いた。

奏音、ありがとう――。
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