ここは君が夢みた、ふたりだけの世界。
泣けないんだよ。
逃れられない現実を前にされるとさ、まず実感が湧かなくて、人間って泣けなくなるんだ。
泣けなくなる代わりに、もう全部がどうでもよくなるんだよ。
『こっちこっち!』
無意識に男の子へ近づいていた俺をぐいっと引き戻してしまったのは、腕を絡めてくる鬱陶しい女。
力ずくにでも振りほどく気力すら出ず、曲がり角へ連れられていく。
『えっ、どうして泣いてるの?なにがあったの坊やっ!』
『ちょっとー。やっぱ声かけたよ…、絶対やると思ったわ』
『だって放っておけないもん!こんなところで泣いてるんだよ?』
その声が聞こえたとき、なぜか俺の足はピタリと止まった。
『ぼくのっ、ぼくのばったっ』
『へ?バッタ…?バッタが逃げちゃったの?』
『うん…っ』
振り返ってみると、曲がり角ギリギリから見えた先、クラスメイトである女子がふたり。
どこかへ出かける途中だったのだろう。
制服ではない私服姿は新鮮に映ったが、なぜか見慣れた感覚もして。
それはさっきまで“青石”という医者と会話をしたばかりだったから。