ここは君が夢みた、ふたりだけの世界。
「俺、実はずっと父子家庭で育ってさ。母親は俺が小さい頃に家を出ていって」
とくにトーンを変えることなく放たれた内容に、私も楓花も思わず見つめてしまった。
いつも賑やかなクラスメイトが抱えていた家庭事情。
そんなこと微塵も感じさせることなく笑顔を振り撒いていた男の子だったから。
「小学生んときは団地暮らしだったんだ俺」
当時を振り返っているのだろう。
懐かしむように伏せられた睫毛が思ったよりはっきりと見えて、ここで初めて驚いてしまった。
「今はマンションに引っ越してるけど、当時の俺はすげー嫌だったんだよ。団地で暮らしてるってのが」
「嫌だったって…どうして…?」
「片親の親子が多いとか、独り身の老人しか居ないとか、ヤンキーばかりが住んでるとか。
そーいう偏見を持たれやすかったからさ、俺が住んでた団地は」
団地のイメージは、私からすればちょっとだけ羨ましい。
みんなが知り合いでお友達って感じがして、外に出れば誰かしらが名前を呼んでくれたり挨拶をしてくれたり。
だけど実際住んでいた彼は、いつも違う恐怖と戦っていたのだと。