ここは君が夢みた、ふたりだけの世界。
「はい、どうぞ」
「えっ」
「あーん、してくれるんでしょ」
そう、これが困るところなのだ。
自分で言っておいたくせ、いざ求められると急激に恥ずかしくなるシステム。
「いやっ、そのっ、ちょっと待ってっ」
あわあわ、おどおど、どうしたらいいか分からず慌ててしまうと。
「…じゃあこっち」
「え、───、…っ!」
ふわっと奪われた唇。
初めてじゃなくなったとしても、初めて交わしたとき以上に緊張する。
「…ん、こっちもおいしい」
「い、イケメンだぁぁぁぁ…っ、イケメンすぎるぅぅぅっ」
「やめて恥ずい」
「……やっぱり、あーんも、したい」
それから無事に千隼くんへと運んだ、タンパク質豊富な鶏の唐揚げ。
空気は穏やかでありつつも静かなものに変わった。
「俺、前よりも足が細くなった。筋肉を動かすための栄養が…今までどおりに送られてないんだって」
「…うん、」
「もうすぐ完全に歩けなくなるだろうなって、なんとなく分かるんだ」
まるで、まるで。
逃げてもいいんだよ───と。
怖くなったら、逃げたくなったら、今なら逃げることができる、と。
言葉にされなくても、切なく落とされた微笑みから心に届いてくる。