ここは君が夢みた、ふたりだけの世界。
「あ、ごめんなさいね。お金…」
「少し前に千隼くんに奢ってもらっちゃったことがあるんです。なので…そのお礼だと思ってください」
「…ありがとう」
コインランドリー、ここの食堂、あの日の駅。
そのときの女性とはまた違った雰囲気で私に会いにきてくれた彼女は、前のように壊れそうな女性には見えなかった。
どこか穏やかでもあって、それが千隼くんのお母さんなのだと感じることもできて。
「本当は…、本当は、千隼とは別れてくださいって言おうとしていたんです」
嫌です、別れません───、
私の気持ちは十分なほど伝わっていたみたいで、お母さんは瞳をそっと落とした。
「2月頃だったかしら。駅であなた達が一緒にいるところを見たあと、私は千隼にも同じ言葉を送りました」
それは母親として、子供のことをいちばんに思っての行動だったのだろう。
あのとき彼が1度、私に別れを告げてきた情景が目の前に浮かび上がった。
「千隼は幼い頃から、わがままを言ったことがない子だったの。
何になりたい、何がしたい、そういうものも言わなかった子でね」