ここは君が夢みた、ふたりだけの世界。
「…青石、」
かすれた声で名前を呼びながら、そっと伸びてきたクラスメイトの手は、なにも掴めないまま下ろされた。
物理的な距離の問題に負けただけではなく、それは北條くんの意思でストンっと下げられたような気がした。
「立て、青石」
いつかと同じ言葉。
あれからもう1年以上が経ったのに、やっぱり変わらない命令。
無理と言ったって立たせてくる。
嫌だと言ったって立たせてくる。
それが北條くんだ。
だったら、だったら私は、それ前に自分の力で立ってみせる。
「よし、立ったな。したら歩け、青石」
涙を拭って、こくりとうなずく。
若干ふらふらっと不安定だとしても、しっかり地面に着地している両足。
「んで無理そうなら…うしろを見ろ、青石」
前回とは違うパターンに、ドアの前、私は思わず振り返った。
従順に動いてくれるロボットみたいだと面白かったのだろう。
ニッと歯を見せて笑った北條くんは、得意げでありつつも優しい眼差しへと変えた。
「ひとりで抱えんな。浅倉にもお前にも、この北條様がついてる」
私よ、過去の私よ。
聞きなさい。
いいから聞きなさい。
立ちなさい、歩きなさい、進みなさい。
気づきなさい、見つめなさい、受け止めなさい。
あなたは幸せなことに、いつでも泣けるのです。
だから今は、今だけは、今だけでも。
べそをかいて泣く暇があるのなら、彼に笑顔を渡し、そして彼の世界の中心でいなさい───。