ここは君が夢みた、ふたりだけの世界。
価値あるもの
月日は、残酷なくらいに過ぎてゆく。
どんなに願っても止まってはくれない時間。
「千隼くん。私ね、大学受かったよ」
「…おめでとう」
滑舌や呂律は変わらないけれど、また違った弱々しさに加えて、支え無しでは起き上がることができなくなって。
私がぎゅっと握ってはじめて、ゆっくりと握り返してくれるぬくもり。
3度目の冬も一緒に越せるよね、大丈夫だよね───私はいつも、心のなかで呪文のように唱える。
「りい、」
「はいっ、わたし李衣!」
「…ふっ、」
その音色は変わらない。
私が大好きなまま、大好きな千隼くんがいる。
頭まで背もたれが付いた専用の車椅子に変わって、自由に動かせる首を動かして、ふわっと微笑んでくれる。
「ねえ千隼くん、あたま…撫でてもいい?」
「…どうぞ」
ずっと触ってみたいと思っていた。
いつも石鹸の匂いが広がって、ストレートが揺れる自然な黒髪に。
「サラサラ!それに、ふわふわだね」
想像していたとおりの肌触りを、何度も優しく撫でた。
本当はめいっぱい抱きつきたい。
たくさんたくさん抱きしめてほしい。
「…やっぱり俺からじゃなくて、ごめん」