夜明けを何度でもきみと 〜整形外科医の甘やかな番外編〜
食事を終え、二人で片付けをしてから風呂に入る。この時間も至福だ。
「なこ、おいで」
身体を洗い終えた菜胡を足の間に座らせた。首筋から肩にかけて、手のひらでお湯をすくい掛けてやる。ちゃぷ、と音がして、菜胡の肩を滴り落ちたお湯は湯船へと戻る。肩が冷えないよう繰り返しながら、今日のことを聞いた。
「外科はどうだった、澤崎は」
「今日は縫合がありました、整形だとあまり無いからあたふたしちゃって……。腹痛の方の緊急の検査と入院があって、診察室の中にいるより出歩いている方が多かったですね。病棟にも行ったんですよ、紫苑さんは居なかったけど。澤崎先生とはあまり話しませんでした、指示をされて返事をしたくらい。だから近づく事もなかったですよ」
「――そのうち他の外来も行くんでしょ?」
「そうですね、お呼びがかかれば!」
上半身をひねって力瘤を作って見せる。任せてください、と得意げで誇らしげな顔に、思わずフッと笑いが溢れた。
「んっ……紫苑さん?」
菜胡の背中に自分の胸を押し付けるように抱きしめて、肩口に顔を乗せる。菜胡の腹部に回した腕に、なんとなくふくらみが当たる気がして、色々ヤバい。
「こういう時の紫苑さんはね、何か深刻に考えて思い込んでる時なのわかってる。話してみて?」
やさしい声が浴室に響く。そして頭に感じた感触。髪を指に絡ませながら、何度も往復するように撫でてくれて、菜胡よりも年上のいい大人なのに、甘えさせてくれる空気に、口を開いてしまった。
「……なこが」
「ん」
「整形の午後に居ないから寂しい……俺だけの菜胡じゃないのが寂しい……」
頭を撫でる手が止まる。
我ながら幼稚なことを言ったな、とすぐに反省した。でも口から出たものはもう取り消せない。菜胡の反応を待った。
「ね、私がどうして他の外来を経験したいと思ったのか、それはまだ話してませんよね」
「うん……どうしてなの、急に……」
背中を向けていた菜胡が、くるっとこちらを向いた。色々とさわりがあるし目のやり場に困る。困るというか、そそられてしまう。だが今は真面目な話をしている、堪えろ。
「紫苑さんはいずれご実家のクリニックを継ぐわけでしょう。『たなはらクリニック』の診療科は何ですか?」
「整形外科と、内科、皮膚科……あ、えっ?! なこ?!」
俺がいずれ継ぐ実家のクリニックには、整形外科のほかに、内科、皮膚科がある。整形外科だけなら菜胡はお手のものだが、内科や皮膚科となると微妙に勝手が変わる。だから、クリニックを継いだ時、菜胡もスムーズに手伝いに入れるよう今から経験を積む。そういうことだ。
そんな風に菜胡が考えてくれているなんて想像もしていなかった。結婚後は仕事を辞めて家庭に入るものだとばかり思っていて、でもこれはまだ話し合っていない事だった。だが今、菜胡の思いを知って、心の中の霞が消えた気がした。あまりの嬉しさに、菜胡を自分の太ももの上に跨らせ抱きしめる。
「ま、まって、この姿勢っ」
大きくはないが、俺の好みのふくらみに顔を押し付ける。ふに、と形を変えたそれは、お湯に浸かっていたから温かい。だが菜胡の心の温かさでもあると思うと愛しさが増した。
「……ありがとう、なこ……愛してる」
顔を上げて菜胡を見つめる。泣きそうなくらいに嬉しい。幼稚な独占欲を剥き出しにした自分が恥ずかしい。
耳元で愛を囁いて、そのまま下へと移動しながら時々、強く吸い上げる。そうしていくつかの赤い華を散らした。一週間もすれば消えるけど、そうしたらまた付ける。何度でも。
「菜胡は俺の宝物だよ」
――私の宝物は紫苑さん、と言おうとした菜胡の口を塞いで、そして、お湯が、撥ねた。