夜明けを何度でもきみと 〜整形外科医の甘やかな番外編〜
その日、棚原は先輩の勤める病院の当直に来ていた。人が足りないから当直を頼まれたのだ。月に数回、こうしてバイトと称して他の病院での当直をする。日曜の昼間だった時もあれば、今回のように夜間の当直の時もある。
昨夜の夜間外来は、数時間置きに救急車がやってきた。泥酔した者、事故に遭った者、発熱している者などをひと通り診察し終える頃は空が白み始めていて、そこからは静かな時間だった。休憩室で熱いお茶を飲みながら、やってきた早番のスタッフや医師らと談笑して申し送りを行ったあと、少しだけ仮眠させてもらった。
目が覚めると時刻は九時を少し過ぎていて、慌てて当直室をでたところで、不安げな表情の女性が廊下に立ち尽くしている様子が目に入った。あの女性の先に医局がある。この廊下は患者には全く用のない廊下だからスタッフだろうと思ったが、女性が苦手な棚原は警戒しつつ通り過ぎようとした。
「あの、すみません、別棟にはどうやって行けばいいのでしょうか……」
女性が涙目で棚原に声を掛けてきた。面倒くさい、と一瞬思った。だが何故か突き放せず、女性を見返した。肩の辺りで切り揃えられた髪、少しふっくらしている頬は可愛らしい。どちらかというと地味な服装で、その手には研修の受講証が握られていた。
「ん? ああ、心電図の研修かな」
先ほどの引き継ぎの時、内科医がそのような事を言っていた。複数の病院から新人ナースが集まってきて軽く講義を頼まれていると。それを思い出した。女性はパアッと顔を明るくさせて、はい、と小さく答えた。
「だったらこの廊下をずーっと行って。突き当たったら左に曲がればドアがあるの、そこから外に出ると、目の前に建物があるから。それが別棟で、たぶん君の参加する研修会場はそこだよ」
「ここをまっすぐ行って、左に曲がる――ありがとうございます!」
棚原が言った事を小声で反芻しながら、女性は頭を下げて、廊下を歩き出した。この時、九時十五分だった。