夜明けを何度でもきみと 〜整形外科医の甘やかな番外編〜
棚原の話を一通り聞いた菜胡は驚いていた。
「じゃああの時の先生が紫苑さん?」
「ああ。俺たちは縁があったんだなーって思わない?」
隣の菜胡を強く抱き寄せる。
「思う! そうだったんだ……なんだか嬉しい!」
菜胡が棚原の背に腕を伸ばして抱きついてきた。
「あの時はありがとうございました、心細かったんですけど先生に会えて良かった。会議室に入ったのはわりと遅いほうで、――」
それからお互いに、当時の事を話し合う。数年前の出来事の答え合わせのようで、バラバラだったピースが揃っていくような楽しさを覚えて、二人は話が弾んだ。
引越しの片付けも途中で、夢中になって話していたが、どちらからともなく、窓の外へ何気なく視線を遣った。
「あ、もう空が暗い、話し込んじゃった」
菜胡が立ち上がり窓へ近づいて、空を見ていた。
「紫苑さん、見て、金星出てる」
人差し指で、夕空を指差しながら棚原を呼んだ。言われて菜胡の隣に立って空を見れば、煌々と輝く星が浮かんでいた。
「あの日も、帰りには金星が見えていたんですよ。ふふ」
金星を見ながら菜胡が微笑んだ。
「……菜胡」
「ん?」
甘い声で菜胡の名を呼んだ。視線を棚原へと移した菜胡は、それ以降、声を出すことはできなくなった。後頭部と腰に添えた手が強く菜胡を自身に引き寄せ、菜胡の動きを封じた。重なった唇は、顔の角度を変えながら何度もくっついては離れてを繰り返して、次第に深く絡み合っていく。熱を帯びて湿った音が、ひどく大きく耳に響く。
「菜胡、これからも、こうして夕星を一緒に見よう?」
ようやく離れた唇の間で、囁くように棚原が言った。
いつかの夕星は、濃い青とオレンジ色の空の狭間で輝いて、二人をみていた。