夜明けを何度でもきみと 〜整形外科医の甘やかな番外編〜
自分自身、ここまで独占欲が強いとは思わなかった。
菜胡が患者を呼ぶ声は俺だけが聞ければいいし、お大事にと患者の背に手を添えて送り出す姿は俺だけの前でして欲しい。指示を出す時に近づいた菜胡の匂いが他の奴に気づかれてしまうのかと思うとどうしようもない焦燥感に襲われる。だがそんな事はおくびにも出さない。
「もちろん、あたしが早退の時は菜胡を貸せないわ、整形外科が最優先よ。だけど、あたしが居る日は求められれば内科でも外科でも行ったらいいのよ。経験しておいて損は無いもの」
大原さんが助け舟を出してくれた。そうか、と納得する。整形外科外来担当はそのままに、時間の空いている時に限って、という事か。
「外科はここよりも慌ただしいかもしれないわね、緊急の検査や入院は多いし、外来で縫合もあれば抜糸だってある。だからわからない事は大きい声で聞くのよ? 適当にやる事のほうが迷惑なんだから。わからない事は恥ずかしい事じゃないんだから、わかりませんって言いなさいね。患者もここと違って若い人も来るの、笑って許してくれる人は居ないと思いなさい」
少し緊張の色を見せはじめた菜胡。はい、と答えながらも表情が、空気が、あわあわしている。抱きしめてやりたい。なんの不安もないよって言ってやりたい。なんなら俺が午後の外科の診察したい!
だが確かにそうだろうと思う。整形外科外来は、だいたいが菜胡に甘い。患者もだが、俺たち医師も大原さんも、何だかんだで菜胡が可愛くて甘やかしている部分がある。看護師としての経験値をあげるためならば、少しの修行は必要だろう。
でもだからといって、心を鬼にして谷底へ突き落とす――そんな非人道的な所業は到底できない。むしろ共に谷底へ行きたい。なんなら先に谷底へ行って、大原さんが突き落とす菜胡を受け止めたい。でもそれじゃ何にも菜胡のためにならないのだ……。