甘くてこまる



「え……?」

「俺から、離れないでよ」





郁のこんな、悲しそうな声、知らない。

知らない。

知らなかった、郁の力がこんなに強いって。




ぎゅうっと抱きしめられて、そこから抜け出せなくて……いったい、どれくらいの間そうしていただろう。


ふいに、込められていた力がふっと緩んだ。






「撮影、行ってくる」

「え、あ……うん、行ってらっしゃい……?」






たしか、夕方からって言ってなかったっけ。

うそ、もうそんな時間なの……?





────さっきまでのは、いったい、何だったの。





ぽこぽこと頭のなかにハテナが並んでいく。





仕事モードに切り替えて慌ただしく部屋を出ていく郁を見送って、ひとり取り残されたわたしは、ぼんやり宙を見つめて放心状態。





まだ、ふれられたところに郁の感触が残っていて……どうしよう、こんなの、こまる。






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