甘くてこまる



「郁のこと? ……郁は、郁だよ」

「言うと思った」





郁はわたしの頬を、痛くない力でふにっとつまむ。

それから、ふーっと何かをこらえるように息を吐き出して。





「俺は、〈矢花 郁〉である前に、男だよ。あんま油断されると、段階すっ飛ばして手出しそうになる。我慢してる分、余計に」




わたしに本当の意味でわからせる気はないのか、難しい言葉を並べて、郁は「覚えてて」と小さく呟いた。



それから、わたしの体を持ち上げて。

膝の上から下ろして、郁の隣に座らせた。





「てか、さっき気づいたんだけどさ」

「うん?」



「せーらって、思ったよりちゃんと俺のファンしてくれてんだね」

「それってどういう……」

「俺の掲載誌、くまなく集めてくれてるとか、はじめて知った」




郁の視線の先を追うと、テレビの前のローテーブルにたどり着いて、ひゅうっと息をのむ。




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