甘くてこまる
「次、シーン24! 相馬くん入りまーす!」
「お、呼ばれたわ」と相馬さんが、ライトで照らされた眩しいセットの方に駆けていく。
「アクション!」
お芝居ってすごい。
表情も、話し方も、ちょっとした仕草すらも。
ついさっき話していた人と同一人物とは思えないほど、郁も相馬さんも、まとう雰囲気ががらりと変わって。
わたしの知らない郁の姿が、カメラに収められていくのを、ぼうっと眺める。
これが、芸能人の郁。
「なんか……今日の矢花くん気合い入ってない?」
「いつもより表情に柔らかさがあるっていうか、色気があるよね」
周囲のざわざわとした声も、耳に入ってこなかった。
ライトに照らされた郁が、一瞬たりとも目が離せないほど魅力的で、――――わたしなんかが、無理に手を伸ばしても、届かないくらいには遠い存在で。
ちくん、と胸が針で刺されたように鋭く痛む。