甘くてこまる
「なーなー、笹本ちゃん、今スマホ持ってる? 連絡先交換せえへん?」
「えっ」
連絡先の交換を迫る相馬さんを、郁が「おい」ととがめる。
「ちゃうちゃう。口説いてるんと違うて。笹本ちゃんが本気で芸能活動する気になったらいつでも相談乗るつもりやでってことで――――」
「だめ」
わたしが何か言う前に、郁の鋭い声が場を制した。
「なんでや。矢花には関係あらへんやろ」
「なんでも、だめ。せーらはしないよ、芸能活動なんて。……させるわけないだろ」
最後になにか小さく呟いた声を、相馬さんは器用に拾ったらしい。びっくりしたように目を見開きながら、郁になにかを囁いた。
「まさか、矢花が全部断ってたんか、今まで。このレベルの子が、よう今まで一度もスカウトされんかったなって不思議に思っとったけど――――」
「だったら、なに? 悪いけど、せーらを誰かの見世物にする気さらさらないから、さっさと諦めて」
ぎょっとしたように固まった相馬さん。
わたしを振り返って、気まずそうに笑う。
なんのことやらわからず、曖昧に微笑み返すと。
「ほな、オレこっち方面やからここでサヨナラするけど――――笹本ちゃん、コイツの過保護具合に嫌気がさしたら、いつでもオレんとこ逃げてきーや?」
心配そうに首をかしげた相馬さんに、郁が鋭く蹴りを入れる。
「誰が行かせるかよ、お前のとこなんか」
「だから、怖いんやて! そのマジっぷりが」
大袈裟に肩をすくめて、相馬さんはわたしたちとは別方向に去っていった。
「……なんの話だったの?」
「せーらは知らなくていいよ」
「そう、なの?」
「うん。それよりお腹すいた。コンビニ寄ってからあげ買いたい」
キャップを目深に被り、マスクで鼻まで覆った郁に腕をひかれる。
そういえば、郁とこんな風に街中を歩くの、久しぶりかも。
そう思うと、そわっと心が浮いて、足が軽くなる。
「ええ、わたし、甘いのが食べたいよ。ドーナツとか」
「せーらのわがまま」
どちらともなく、ふふっと笑う。
やっぱり、こういう風に、郁と何気ない話をしているときが、なによりも心地いいの。