夜明けの花
「──きゃっ…!?」
うっかり自分のドレスの裾を踏んでしまったクローディアは後方に倒れ込んだ。ぐらりと視界が天井へと移り変わるのを見て、ぎゅっと目を瞑る。
具合が悪くなり倒れたことにしてしまえば、この場は何とかなるだろう。そう考えたクローディアだったが、転倒時の衝撃は来ることなく、誰かに抱き止められていた。
「──お怪我はございませんか?」
柔らかな声に、クローディアは閉じていた瞼を持ち上げた。そこには端正な顔立ちの青年が、心配そうな面持ちでクローディアの顔を覗き込んでいた。どうやらこの人が倒れそうになったクローディアを助けてくれたようだ。
「……あ、あの、ありがとうございます」
さらりと揺れた青年の髪は、夜空の色をしていた。瞳は青く澄んでいて、まるで水面のよう。
青年はクローディアを人混みから連れ出すと、壁際にあるソファに座らせ、水が入ったグラスを持ってきた。それを受け取り、一口喉に流し込んだクローディアは、サイドテーブルにグラスを置いて立ち上がり、美しい所作でお辞儀をした。
「先ほどは助けてくださりありがとうございました。深く感謝いたします。…貴方様のお名前は?」
青年はクローディアから一歩下がると、右手を胸の前に、左手を背に隠すようにして頭を下げた。
「私はオルヴィシアラから参りました。フェルナンドと申します」
オルヴィシアラはアウストリア帝国の左隣にある国だ。海が美しく、真珠という貝から採れる宝石が名産なのだと教育係から聞いたことがある。
まだ実物を見たことがなかったクローディアは、その真珠を話題に話を続けようと思ったのだが、自分の名を呼ぶベルンハルト公子の声が聞こえてきたのでやめた。