夜明けの花 -死に戻り皇女と禁色の王子-
ぽろりと、無色透明な雫がクローディアの頬を転がり落ちる。それは一度ならず、二度三度と落ちてきたあと、ぽろぽろと溢れていった。
「…ごめん。怖がらせるつもりじゃなかったんだけど」
リアンは心の底から反省した。形だけの夫婦とはいえ、抱かれるためのような格好をして待っていたクローディアを見たら、つい揶揄いたくなってしまったのだ。
「違うの、これは…その、」
思い出しただけだと、クローディアは言わなければならないのに。それは言ってはならない、誰にも言えないことなのだと涙が訴えているようだ。
「ディアは大事に育てられたお姫様だから、男にいきなり近づかれたら怖いよね」
「ちがっ…」
「考えもしないでごめん。何もしないから、泣かないで」
必死に否定をするクローディアだが、自分のせいで泣かせてしまったと思っていたリアンにクローディアの声は届かなかった。それでもクローディアは必死に首を振り続け、何度も否定をする。
「ほんとうに、違うの。怖くなんてないわ」
触れられるのは怖いが、リアンのことを怖いとは思っていないのだ。むしろ続きを想像してしまったくらいで。
「……そう」
リアンは安堵したのか、指先でクローディアの目元をそっと拭うと、泣きそうに微笑んだ。
「なら、笑ってよ。今日ははじまりの日になるわけだし」
上手くできていたかはわからないが、クローディアは精一杯口角を上げてみせた。リアンの言う通り、二人の関係は今日から始まっていくのだ。
たとえそれが表向きだけのものだとしても、リアンは夢のために、クローディアはフェルナンドから逃れるために、自分にできることをするために。
「…おやすみ、ディア。これからどうぞよろしく」
その日、ふたりはベッドの端と端に寝転んだが、手を繋いで眠りについた。いつもは冷たいリアンの手は、今日はほんのりと熱を持っていた。