夜明けの花 -死に戻り皇女と禁色の王子-
「ああ……私はそんなにも嫌われていたのか…愛する弟に…」
他国の城の中で、しかも皇女の住まいの目の前で泣き崩れた隣の国の王太子は、人目も場所も気にせずに泣き続けていた。
先ほどの光景を見ていた者ならば、誰もがフェルナンドに同情することだろう。弟の結婚祝いを届けに来たというのに、弟はそれを拒んで逃げ去ったのだから。
「そう気負わないでください。殿下はきっとそういうお年頃なのでしょうし」
おいおい泣いているフェルナンドに一番に声を掛けたのはエレノスだった。胸ポケットから品の良いハンカチを取り出し、フェルナンドに差し出している。
「エレノス閣下…。貴方様は兄の鑑ですね。皇女殿下が羨ましいです」
フェルナンドはハンカチを受け取ると、それを胸の前で抱きしめながら「ヴァレリアン」と何度も呟く。弟想いな兄の姿を見て、エレノスは胸を痛めていた。
「…フェルナンド殿下、祝いの品は妹に預けましょう。ディアが殿下の気持ちを弟君に伝えてくださいますよ」
「……エレノス閣下…」
「さあ、涙を拭いてください」
エレノスが差し出した手を、フェルナンドが取って立ち上がる。
双方共に国の正装をしていて、エレノスは白、フェルナンドは黒と正反対の色であったが、二人が並ぶと絵のようであった。雰囲気は異なるが、二人とも美形だからであろう。
そんな二人のことよりも、ここから立ち去ったリアンのことが気がかりだったローレンスは、手に持っていた花の手入れ道具を箱に仕舞い込むと、エレノスに頭を下げた。
「兄上よ、僕は失礼するよ」
「引き留めてすまなかったね、ローレンス。のちほど会おう」
「ええ、ではのちほど。失礼致します」
ローレンスはフェルナンドにも軽く礼をすると、急ぎ足でこの場から離れていった。