夜明けの花 -死に戻り皇女と禁色の王子-

「本来ならば、これは皇女の父親の役目だが…」

ラインハルトが片手を挙げると、どこかで控えていたらしい使用人が長方形の藍色の箱を運んできた。 

その箱の中央にはオルシェ公爵家の家紋が描かれていた。

ラインハルトはその箱を開け、ゆっくりと中身を取り出すと、クローディアの頭に優しく被せた。それは真っ黒なベールだ。

「私が代わりにやると言ったのだが、ラインハルトがどうしてもと言って聞かなくてな」

クローディアはそっとベールに触れた。これは古きから続く帝国の儀式の一つで、皇家を出る皇女に魔除けの意味を持つベールを贈り、幸せを願うというものだった。

色が黒いのは、嫁ぎ先であるオルヴィシアラ王国にとって、黒が慶事を表す色であるからだろう。

花嫁衣装は向こうの慣習に従ったものを着ると聞いていたから、クローディアはあまり驚かなかったが、ラインハルトが代役でこの儀式を行ったことには吃驚していた。


「──アウストリア帝国皇女、クローディアに幸福あれ」

両手を前に、天に何かを乞う素振りをしながらそう言い放ったラインハルトに倣い、全員が「幸福あれ」と唱えた。


凡そ百年ぶりに皇女を他国の皇族に送り出した帝国は、この日を記念日とし、のちに結婚の日取りとする夫婦は星の数ほどになったそうだ。
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