夜明けの花 -死に戻り皇女と禁色の王子-
「っ…?!」
「それ、何か分かりますか?」
クローディアは恐る恐る下を見た。目の前にあるそれは、どこからどう見ても、何度瞬きをしても、髪の束にしか見えない。結われていたものを無理矢理切ったのか、所々長さが違っている。
ふいに、癖っ毛だからさらさらの皇女の髪に触れる瞬間が、何よりの楽しみだとアンナが言っていたのを思い出した。
これはアンナのものではないと思いたいが、ならば何故今ここにアンナはいないのだろうか。それが答えなのかもしれない。
そんなクローディアを見て、フェルナンドは口元に笑みを浮かべながら伴侶となった者へと近づいていった。
「安心しなさい。侍女はまだ生きていますよ」
──まだ?
クローディアは顔を上げた。けれどそこにいるのはフェルナンドではなく、フェルナンドの姿をしている別の何かのようにクローディアの目に映った。
クローディアの夫となったフェルナンドは、優しく笑う人だった。誰よりも幸せにすると言って、真珠を贈ってくれた人だった。
その言葉を信じて、ここまで来たというのに。なぜこんなことになっているのだろう。
フェルナンドは茫然としているクローディアをベッドに押し倒すと、荒々しい手つきで服を引き裂き脱がしていく。
「侍女に手を出されたくなければ、帝国の後ろ盾を持つ王子を産め。そうしたら貴女はもう用済みだ」
クローディアは恐ろしさに全身を震わせながら、ぎゅっと目を閉じた。大丈夫だ、これは夢だと自分に言い聞かせるが、冷たい痛みが現実であることを知らせてくる。
(──助けて、お兄様)
クローディアはぽろぽろと涙を流した。
フェルナンドの妻となり、二人で幸せになるのだと思っていたのに、初夜で侍女の髪を投げつけられ荒々しく抱かれ、しまいには子を産めば用済みだとまで言われ。
(帰りたい。お兄様のところに)
クローディアはひたすらに欲望をぶつけてくるフェルナンドから窓の外へと目を動かした。
真っ黒な空に、月がぼんやりと浮かんでいる。その景色に大好きなエレノスの姿を重ねたクローディアは、ゆっくりと意識を手放していった。