俺様御曹司はドン底OLを娶り愛でる~契約結婚だと思っていたのは私だけですか?~
「なんで逃げんの?」

旭さんは明らかに不満そう。

でも、本心は言えない。

「べ、別に逃げてなんかないです」

「じゃあ照れ隠しか?」

「違います」

人の気も知らないで。

苛立ちに似た感情を吞み込みながら冷蔵庫の中の食材を漁る。

「こっち向けって」

腰に手を回された。くるりと方向を変えられば、再び視線が交わる。

「なんか夏香、変だぞ。どうした?」

こんな風に気にかけてくれる優しさも変わらない。

それなのに……。

私の心のモヤモヤは増すばかりだ。

「……昨日からなんだか体調がよくなくて」

とっさに嘘を吐いて逃げてしまったのは、きっと私の弱さのせいだ。

「大丈夫か? 寝てた方がいいんじゃないか」

「……すみませんが、お言葉に甘えてそうさせてもらいます」

その日、旭さんは疲れているだろうに、私を心配していろいろ気にかけてくれて世話をしてくれた。

彼が作ってくれた卵がゆを食べながら胸が痛む。

嘘をついてごめんなさい。

見栄もプライドも捨てて、あの女性のことを聞けない自分自身が情けない。

なによりこんなにも私のことを大事にしてくれている旭さんを信じきれない自分自身が腹ただしい。
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