俺様御曹司はドン底OLを娶り愛でる~契約結婚だと思っていたのは私だけですか?~
『泣きたいときは我慢せず泣けよ』

彼は私の本心に気づいてしまったんだろう。

優しくなんかしないでほしい。

まだいつもみたいにおちょくってくれた方がマシだ。

そうじゃなきゃ、私は……。

誰かの前で泣くなんてそんなこと絶対にしたくない……。

触れられた部分からじんわりと心地よいぬくもりが広がっていった。

弱い部分を誰にも見せたくないのに。

『……うっ……ヒクッ……うわぁぁん……』

『俺が夏香の味方になってやるよ。んで、いつかいい景色を見せてやる』

周りの雑踏も消えるほど、それからどのくらい泣いていたか分からない。

彼の優しさに触れ、少しだけ冷静さを取り戻すことができた気がする。その日、旭さんは家の近くまで私のことを送ってくれて、また会う約束をして別れた。

だけど、それからまもなくして父が急逝し、父の葬儀が終わってから張り詰めていた糸が切れたかにように母の心は壊れてしまい、仕事ができない状態にまで陥った。

私ひとりでは生活費も借金の返済額を補うことができず生活が立ち行かなくなり、急遽、母親の実家がある長野に家族で引っ越すことになった。

結局、旭さんとは会えずじまいで、あの日旭に貸してもらったパーカーも返せないまま、時が過ぎていったんだ……。
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