一夜の過ちは一生の過ちだった 【完】
茉莉香の事を、まったく考えなかったわけじゃなかった。

だけど、嫌な事が頭を()ぎっても、ちぃちゃんとじゃれ合ったり、クロエさんと過ごしていると、なぜか自然と痛みは薄れた。

人と人との間では会話や言葉が大事だと思っていたけれど、会話が少なくても、沈黙でもじゅうぶんだった。

いろいろ考えない事で、まっさらな自分になれた。



気を紛らわすのに便利だった作品制作は、もうだいぶ進んでしまった。
進んで良かった筈なのに、素直にそう思えない。


もしかしたら来月からの方が、これまでよりも苦しいのかもしれない……。


家に戻り、良いお兄ちゃんを演じ、バイトがどうだったか聞かれたら、綿密に作り上げたリゾートバイトの話をする。
写真を見せてと言われたら、SNSで適当に拾った画像を見せる。
元々、そんなに写真を撮る方じゃないけれど、さすがに一枚もなかったら怪しまれるだろう。

茉莉香と会う事になって眩しい笑顔を向けられたら、自分も負けないくらいの笑顔で返す。
受け身でただ頷いていては、茉莉香はきっと「自分の話ばかりで、ごめんね」と気にしてしまう。
だから自分から適度に「彼氏とは最近どう?」「この前は楽しかったよ」と話題を振る。


聞きたくなんてなくても。

笑いたくなんてなくても。
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