一夜の過ちは一生の過ちだった 【完】
そんな事を考えていたら、顔も身体も強張っていった。


笑わなきゃ、自然にしなきゃ。


そう思えば思うほど、不自然な自分が出来上がっていく。

不自然じゃない自分が、どういう自分だったのか思い出せない。





クロエさんは静かにカメラを下ろすと、溜息を吐《つ》いた。


―――見透かされた。


自分の下手な作り笑顔なんて、きっとクロエさんには簡単にバレてしまう。

ファインダー越しにだって、見透かされてしまう。
ファインダー越しだからこそ、見透かされてしまうのかもしれない。

クロエさんが何を考えているか知りたいのに、目の前にいるクロエさんの眼を見ても、何も考えられない。


「…ごめんなさい……」

そう言い切るより先に、身体はクロエさんの腕の中に包まれていた。

すっかり覚えてしまったシトラスと煙草の混ざった香りがする。
それに、クロエさん自身の香りも。

クロエさんの心拍音を覚えた身体は、すぐに自分の音をぴったりと重ねる。

もたれ掛かる事を前は躊躇したのに、やっぱりこの腕が心地よくて、もたれ掛かってしまう。


クロエさんとの距離を、もっと近付けたい。


少し指を伸ばしてクロエさんの背に触れると、ずっと華奢だと思っていた身体は、自分が思うよりもそうではなかった。

忘れなきゃいけない事を自ら増やしてしまった自分は、やっぱり馬鹿なのかもしれない。
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