一夜の過ちは一生の過ちだった 【完】
「笑って、なんて思ってないから」

「けど……」

「目、閉じて」

言われたままに目を閉じると、瞼に口づけをされた。

瞼はやっぱり、クロエさんの唇を覚えてしまっている。
クロエさんの向日葵(ひまわり)みたいな光彩だって、瞼を閉じていても簡単に思い出せる。

忘れなきゃいけないと思っていた筈なのに、口づけをねだる様にまた瞼を閉じると、クロエさんは微かな音を立てて口づけた。

ゆっくりと瞼を開くと、クロエさんは頬を撫でた。


「戻ろう」

「でも……」

「ホテルで羽根伸ばしたいから」

「だけど……」

「業務命令」


クロエさんは手を引いて歩き出した。


まだ、全然撮っていないのに。

まだ、頑張れるのに。


そう言おうと思ったけれど、口を(つぐ)んだ。

夕陽に染まるクロエさんの後ろ姿も、空も海も、何もかもが綺麗だったから。
自分のつまらない言葉で、この空間を壊したくなかった。


初めて繋いだ手は少しくすぐったくて、クロエさんの手はいつもより温かかった。
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