一夜の過ちは一生の過ちだった 【完】
「生理的にオレが無理? 触りたくも、触られたくもない?」

「いや、そういうわけじゃなくて……」

考えるよりも先に口が動いてしまった。
予想外の言葉にクロエさんは目を見開くと、フッと微笑んで煙草を(くゆ)らせた。

()してしまった言葉は、もう回収出来ない。

「でも、どうして俺なんですか。
クロエさんなら、もっと良いモデルが簡単に見つけられると思うんですけど」

自分程度のモデルなんて、どこにでもゴロゴロいる。
背が高いだけで、特別に容姿が整っているわけではない。

自分の身の程を知らないほど愚かでも、幼くもない。

クロエさんはまだじゅうぶんに残っている煙草を消すと、じっと俺を見た。
身動き出来なくなってしまうくらいの強い視線。

「アオイを撮りたい……って思ったから。
じっくりと、たくさん」

爪先から指先、鎖骨の(くぼ)みに、首筋――。

身体中のすべてのパーツを一つ一つ、丁寧になぞるように視線を這《は》わされる。
その視線に性的な意味は含まれていなくて、観察や鑑賞の類《たぐい》に近い。

そうわかってはいるけれど、身体のラインをなぞっていく視線に、身体が熱を帯びる。

冷たい部屋のなかで汗が喉を(つた)い、握りしめたペットボトルはぬるくなっていく。
視線で捕らえられた身体は言うことを聞かず、声の出し方すらも忘れる。

どうにか「やめて」と言葉を絞り出そうとすると、ニャアという鳴き声が聞こえた。
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