一夜の過ちは一生の過ちだった 【完】
その手の感触が消えるより先に、ベッドが(きし)み、小さく身体が沈んだ。

手の代わりに、ゆっくりと身体を重ねられていく。

クロエさんは両膝をつき、左手で身体を支えると、ぎこちなく右手で髪を撫でた。

体調を気遣って取られている身体と身体の距離が、もどかしい。

熱なんてない、と言ってしまいたい。
いつもみたいに、全身でクロエさんの熱や体重や香りを、すべて感じたい。


そう思っているとクロエさんは唇のすぐ横に、唇を落とした。


―――いっそ、唇にしてくれたらいいのに。


顔を覆っていた両手を外すと、クロエさんと目が合った。

吸い込まれそうな瞳という言葉が、ぴったりだといつも思っていた。


その瞳が少しずつ近付き、色素の薄い瞼で覆われてしまうと同時に、唇が重なり合った。


それはすごく自然で、さらっとして、(いや)らしいものではなかった。

好きとか愛してるとか、そういうものでもない。


痛みを分け合おう、と言われている様だった。



少しの間、そのまま見つめ合って「クロエさん、ベッドには上がらないって言いましたよね」と言って笑うと、クロエさんも躊躇いがちに笑った。





アドバイスも、笑顔になるような言葉も必要なかった。
必要なのは、この手と唇だけだった。


それだけで、もう充分だ。
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