一夜の過ちは一生の過ちだった 【完】
「お疲れ様」

クロエさんはカメラを下ろすと、ペットボトルを手渡した。
陽の光が反射し、海はもう眩しい。

黒いシャツを着たクロエさんが溶けてしまいそうだ。

「撮影、ありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとう」

クロエさんは眉を少し下げ、いつもよりも口元を緩めた。

この2日間で、クロエさんの新しい表情をいくつか見れた。
クロエさんを知らない人から見たら大差のない違いかもしれないけれど、自分にとっては大きな違いだった。


新しい事をすると、新しい表情が見れる。


「あの……写真って、後で貰う事って出来ますか?」

「もちろん」


撮影された写真を、今まで見た事はなかった。
言えば見せてくれるだろうけど、自分の写真を見る勇気がなくて、見せて欲しいとは一度も口にしなかった。

クロエさんの撮った自分は、どんな自分なんだろう。

どんな風に、クロエさんの眼に映っているんだろう。


ずっと、それを知るのは怖いと思っていたけれど、今はそれを知りたい……。





撮影の後はホテルで朝食をとってチェックアウトし、瑤子さんに頼まれたという限定の和菓子とドイツパンを買いに行った。

口では「瑤子さん、頼みすぎ」とクロエさんは言ったけれど、瑤子さんが頼んだ以上にお土産を買っていた。

律さんの希望していたビールも、なんだかんだ言いつつ、たくさん買った。


クロエさんは「うちでも、明日の朝食にしよう」と言って、少し酸っぱいドイツパンを買った。
うちでも、と言ったのがなんだか嬉しかった。

そこに、深い意味はないとわかっていても。





帰りの車の中で、茉莉香へ返信を打った。
茉莉香からはすぐに既読がつき、可愛いキャラクターの「ありがとう」のスタンプが返ってきた。


茉莉香への返信を忘れていた事は、初めてだった。
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