一夜の過ちは一生の過ちだった 【完】
泣くつもりなんてなかった。
ただ自分の気持ちを伝えて、クロエさんがなにか言えば、それを受け止めようと思っていた。

それが、どんな結果であっても。



「オレの気持ち、伝わってなかった?」


―――頬に、柔らかな感触と体温が触れた。


両手で顔を包まれ、すっかり覚えてしまった柔らかな唇で、キスをするように涙をすくわれた。


「クロエさんの……気持ち?」

「同じ気持ちだよ」

「クロエさんを好きって、言ったんですけど……」

「うん、同じ気持ち。
オレはお互いに同じ気持ちだと思ったから、あの日、ベッドに行こうって言ったんだけど」

「まだ、あの時は好きって…クロエさんに言ってなかった…」

「あのキスだけで、どう思ってくれてるかはわかるよ」

告白にしては、クロエさんの表情は冷静だった。
だけどその声はいつもより柔らかく、甘く響いた。

「でも…クロエさんは何も…言ってくれてない…。
普通に過ごすだけで…何も……」

好きだなんて、言われたことはない。
自分といて、楽しいのかどうかすら不安だった。

「もう伝わってるかと思っていたし……それに…」

「それに?」

「たった二文字の、誰かが作った言葉なんかで自分の気持ちを表したくない」



そんなの勿体ない、と言ってクロエさんは唇を重ねた。


そのキスは、言葉よりもずっとずっと雄弁だった。
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